森と人が共に歩んできた島

ようこそ、屋久島町役場へ。
この庁舎は、屋久島の森で育った杉を使い、島の人々の力によって建てられました。建物そのものが、屋久島の森と人との関わりを伝える「もう一つの森」です。
屋久島では、古くから森の恵みを受けながら、人々の暮らしが営まれてきました。江戸時代には屋久杉が年貢として利用され、近代以降は国有林を中心に林業が島の主要な産業となりました。昭和30年代には林業が最盛期を迎え、山中の小杉谷集落には500人を超える人々が暮らした時期もありました。
一方、大規模な伐採が進む中で、屋久杉をはじめとする森の価値を見直し、将来へ残そうとする動きも広がりました。1966年に縄文杉が広く紹介されたことなどを契機に、屋久島の自然が全国に知られるようになり、1993年、屋久島は日本で最初の世界自然遺産の一つに登録されました。
屋久島憲章は、この島を「地球と人類の宝物」と位置づけています。自然をただ守るだけでなく、その価値を損なわない形で生かし、次の世代へ引き継ぐ。この庁舎を歩きながら、屋久島の人々が森を伐り、植え、守り、そして再び地域の資源として生かしてきた共生の歩みをご覧ください。

縄文杉(1982年)
【撮影者:日下田 紀三】

森林軌道での土埋木運搬(1982年)
【撮影者:日下田 紀三】

森林軌道での土埋木運搬(1982年)
【撮影者:日下田 紀三】

安房林道63林班での作業(1982年)
【撮影者:日下田 紀三】
屋久島憲章(平成19年10月1日制定)
-前文-
地球と人類の宝物である屋久島。
この島は、周囲132キロメートル、面積503K平方メートルの日本で5番目に大きい島である。
屋久杉を象徴とする森厳な大自然に抱かれ、神々に頭をたれ、流れに身を浄め大海の恵みに日々を委ねて人々が生きた島。
この島は、はるかな昔から人々の魂を揺さぶりつづけ、近世森林の保全と活用で人々が苦しみ葛藤した島である。そして今、物質文明の荒波をようように免れた屋久島は、その存在そのものが人間に対する啓示であり、地球的テーマそのものである。
この島に住む私たちは、この屋久島の価値と役割を正しくとらえ、自らの信念と生きざまによって、この島の自然と歴史に立脚した確かな歩を始める。そのため、この島の自然と環境を私たちの基本的資産として、この資産の価値を高めながら、うまく活用して生活の総合的な活動の範囲を拡大し、水準を引き上げていくことを原則としたい。
この原則は、行政機関はもちろん、屋久島に係わる全ての人々が守るべき原則でありたい。
国の自然遺産への登録も、鹿児島県の環境文化村構想も、この原則を尊重し、理想へ向けて、その水準を高く100年の計を誤らず推進されることを願うものであり、これを契機として、次のことを目標とし、ここに屋久島憲章を定めます。
-条文-
1. わたくしたちは、島づくりの指標として、いつでもどこでもおいしい水が飲め、人々が感動を得られるような、水環境の保全と創造につとめ、そのことによって屋久島の価値を問いつづけます。
2. わたくしたちは、自然とのかかわりかたを身につけた子供たちが、夢と希望を抱き世界の子供たちにとって憧れであるような豊かな地域社会をつくります。
3. わたくしたちは、歴史と伝統を大切にし、自然資源と環境の恵みを活かし、その価値を損なうことのない、永続できる島づくりを進めます。
4. わたくしたちは、自然と人間が共生する豊かで個性的な情報を提供し、全世界の人々と交流を深めます。
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